<aside> 💡 ポイント・論点

プーチン大統領が「特別な軍事作戦」の法的根拠の1つとして挙げたのが、国連憲章51条上の集団的自衛権でした。そのために、ロシアはドネツク/ルハンスク両人民共和「国」を国家として承認し、両「国」のために集団的自衛権を行使できると主張しています。こうした一方的な国家承認によって両「国」を集団的自衛の対象とできるのかが問題となります。

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事実関係

ロシア安全保障会議緊急会合

2022年2月21日、プーチン大統領は、自らが議長を務める安全保障会議(Security Council)の緊急会合を開き、以下の方向性について政権幹部の意見を集約した。

Our goal, the goal of today’s meeting is to listen to our colleagues and to outline future steps in this direction, considering the appeals by the leaders of the Donetsk People’s Republic and the Lugansk People’s Republic on recognising their sovereignty, as well as a resolution by the State Duma of the Russian Federation on the same subject. The latter document urges the President to recognise the independence and sovereignty of the Donetsk People’s Republic and the Lugansk People’s Republic.

*15日には、ロシア議会下院にあたる国家院(Duma)が、両共和国の独立の承認を大統領に嘆願する案を採択していた。

プーチン大統領によれば、ロシアにとっての安全保障上の脅威は、以下の部分が示すように、ウクライナのNATO加盟による北大西洋条約(NATO条約)第5条の集団防衛の発動である。

But we must, of course, understand the reality we live in. And, as I have said many times before, if Russia faces the threat of Ukraine being accepted into the North Atlantic Alliance, NATO, the threat against our country will increase because of Article 5 of the North Atlantic Treaty that clearly states that all countries in the alliance must fight on the side of their co-member in the event of an aggression against it. But since nobody recognises the will expressed by the people of Crimea and Sevastopol, and Ukraine continues to insist that it is Ukrainian territory, there is a real threat that they will try to take back the territory they believe is theirs using military force. And they do say this in their documents, obviously. Then the entire North Atlantic Alliance will have to get involved.

*NATO条約5条:欧州又は北米における一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす。締約国は,武力攻撃が行われたときは,国連憲章の認める個別的又は集団的自衛権を行使して,北大西洋地域の安全を回復し及び維持するために必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び共同して直ちにとることにより,攻撃を受けた締約国を援助する。(参照:外務省「北大西洋条約機構(NATO)について」

ロシアによる、ドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国の承認と条約締結

これに対し、非難する声明が国際社会で相次ぎました。

ロシア以外の国家による、ドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国の承認

ロシアの他にも、承認を行う国が現れています。

ロシア編入に関する住民投票?

3月27日、LNRのLeonid Pasechnik「首長」は、ロシアへの編入を決める住民投票を「近い将来」実施するとの考えを述べた(Guardian)。もっとも、(この発言との時間的関係はよく分からないものの)これはあくまで彼の「個人的見解」に過ぎず、住民投票実施の準備は何ら行われていないこと(Tass)、および「今は適切な時期ではないと確信している」こと(Tass)も発言した。

この住民投票は、ウクライナからの反転攻勢が強まる中で2022年9月に行われることとなった。ロシア、ウクライナ4州を併合、住民投票・選挙実施

国連安全保障理事会緊急会合

Conflict in Ukraine Must Be Averted 'at All Costs', Political Affairs Chief Tells Security Council as Delegates Reject Moscow's Recognition of Donetsk, Luhansk

関連する国際法の論点

国家承認

国際法上、「国家」とは①一定の領域、②国民、③政府および④他国と関係を取り結ぶ能力を持つ政治的実体であると理解されることが多い。この①~④を国家性の要件と呼ぶ。

「国家承認」とは、ある国が、他の政治的実体を国家として認める一方的行為を意味する。これには、国家として承認する旨を直接に宣言する明示的承認と、相手が国家であることを前提とした(国家でないとできないはずの)行為(例えば条約の締結や外交関係の開設)を行うことで間接的に行う黙示的承認とがある。

国家承認を行うためには、承認の相手方が国際法上国家として成立している(上記①~④の要件を満たしている)ことが必要になる。よって、国は他国から承認されることによって国家になる(一国が国家承認すればその地域が国になる)わけではない。国家性の要件を満たさない実体を国家として承認することは、その地域が属する国に対する違法な干渉となる(尚早の承認)。

救済的分離独立

ある国の一部領域を支配する政治的実体が一方的に領域国からの分離独立を宣言したとき、その一部領域に新たな国家が成立するのか(するとしてどのような条件のもとにするのか)、議論がある。

コソボに関する一方的独立宣言の国際法適合性事件(国際司法裁判所2010年勧告的意見)に際して、ロシアは書面による声明を提出し、国際法に基づき分離独立が限定的な場合にのみ許容されるとの見解を示していた。

outside the colonial context, international law allows for secession of a part of a State against the latter’s will only as a matter of self-determination of peoples, and only in extreme circumstances, when the people concerned is continuously subjected to most severe forms of oppression that endangers the very existence of the people.

プーチン大統領は、ドンバス地方においてロシア系住民に対するジェノサイドが起こっているとの説明をしており、上記の安全保障会議緊急会合でも次のように強調していた。

All these years – I want to stress this – all these years, the people living on those territories have been literally tortured by constant shelling and blockades. As you know, the people living on those territories, close to the front line, so to speak, were in fact forced to seek shelter in their basements – where they now live with their children.

ただし、こうしたいわゆる「救済的分離(remedial secession)」については国際社会の見解が一致しておらず、カナダ最高裁判所によるケベック分離独立に関する諮問意見(1988年)でも否定的見解がとられている。

  1. さらに、数多くの論者は、自決権が一方的分離権の第三の根拠をなしうると主張する。この第3の状況はいろいろなかたちで示されているが、その基本的な立場は、人民が国内的な自決権を有意義に行使することから妨げられている場合には、最後の手段として、分離によって当該権利を行使する資格を有する③というものである。……

  2. そのような状況は明らかに、自決権を国内的に行使する人民の能力が何らかのかたちで全面的に妨害されているという意味で、承認された他の2つの状況〔植民地①・外国の支配②〕に匹敵する。この第3の立場が確立した国際法基準を現実に反映しているかは不明であるが、本件の目的に照らせばこの決定を下す必要はない。第3の状況が国際法上の一方的分離権を創出するのに十分であったと仮定しても、現在のケベックの文脈はそのような基準を満たしているとはいえない。

参考:Marko Milanovic, “Recognition”, EJIL Talk!, 21 February 2022

第三国による不承認義務と対抗措置

アメリカは即座に声明を発し、ロシアによる承認がミンスク合意の完全な拒否であり、ウクライナの主権と領土保全(sovereignty and territorial integrity)を侵害するものと強く非難した(strongly condemn)。声明では国家責任法に基づくと思われる以下の2点の主張が含まれる。

(1)国家は、脅威や力の行使によって生み出された新しい「国家」を承認しない義務と、他の国家の国境を混乱させない義務を有する。

cf. 国家責任条文第2部第3章〔一般国際法の強行規範上の重大な義務違反〕

41条 この章の重大な義務違反の特別な効果

  1. いかなる国家も、40条の意味における重大な違反により創出される状況を合法として承認してはならず、その状況の維持に支援や援助をしてはならない。

cf. パレスチナ壁建設事件(2004年ICJ勧告的意見) para 139

cf. チャゴス島分離事件(2019年ICJ勧告的意見)para 179

(2)バイデン大統領は、またはウクライナのいわゆる「ドネツクおよびルハンシク人民共和国」地域への、またはその地域からの、米国人によるすべての新規の投資、貿易、および資金調達を禁止する大統領命令に署名する。…… その大統領命令は、ロシアがこの国際法の露骨な違反から利益を得るのを防ぐように考案されている。それはウクライナの人々やウクライナ政府に向けられたものではなく、これらの地域で人道的およびその他の関連する活動を継続することを可能にする。

cf. 国家責任条文第3部第2章〔対抗措置〕

54条〔被害国以外の国家によりとられる措置〕

この章は、48条1項で与えられるいかなる国家の権利、すなわち、他国の責任を追及し、当該国家に対して違反の終了および違反した義務の被害国または受益者のための賠償を確保するための合法的措置をとる権利に影響を与えるものではない。

なお、欧州理事会議長および欧州委員会委員長も、可能な限り最も強い表現で非難する(condemn in the strongest possible terms)声明を発している。


背景

ウクライナ東部ドンバス地方での武力紛争

クリミア併合に触発されるかたちで、ウクライナ東部のドンバス地方にあるドネツクとルハンスクの親ロシア派分離勢力がウクライナ政府と武力突入

2014年9月に停戦協定となるミンスク議定書(Protocol on the results of consultations of the Trilateral Contact Group (Minsk Agreement)(ミンスクI)が調印される。

ミンスクIによる停戦にも関わらず、再び武力衝突が激化したことから、2015年2月に新たな停戦協定となるミンスク合意(Package of Measures for the Implementation of the Minsk Agreements)(ミンスクII)が調印される。

その後も武力衝突が頻発し、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の2021年報告書によれば、2014年4月から2021年31日までに、3000人以上の民間人死者、300万人以上への市民生活への影響が記録されている。

参考:Marko Milanovic, “Recognition”, EJIL Talk!, 21 February 2022


Cover photo

http://kremlin.ru/events/president/news/67829